2010年9月10日(金) 03:24 JST
これまで、何千人かの生徒さんを指導してきました。
毎日毎日うまく出来る方法を、考え実践してきました。
そんな中から、うまくするコツを掴みました。ここまでくるのに30年かかってしまいました。
はじめた当初は特別おもしろいと思いませんでした。
よく練習もさぼりました。おもしろくなってきたのは、3年目位からで、フォアハンドが打てるようになり、少しラリーが出来るようになってからです。
それからはテニスがおもしろくて、授業もさぼってテニスしたりしました。
それでも、その頃は、テニスコーチになろうなんか夢にも思いませんし
テニスは学生で終わりにして、社会人になったら、趣味で続けようと考えていましたから。
ところが、会社の部活でテニスを続けていますと、もっとうまくなりたいとの想いが、強くなり、気がついたら、テニスコーチの道を歩んでいたのです。
それからは、テニスコーチをしながらトーナメントに出るようになり、
出ると、もっと強くなりたい、もっとうまくなりたい、と、きりがありません
それから、タバコをやめ、毎日5時に起きて、なわとび、1時間、ランニング30分を、3年間毎日続けました。
それでも、結果がでません。
そのころ世界では、ボルグ、コナーズ、マッケンロー、が活躍していました。
ある日、マッケンローが、ある有名なテニスキャンプで練習し成功している
情報を耳にしました。
そのキャンプの主催者は故ハーリーホップマン氏です。
彼はそれまでに、『ケン、ローズワォール』『ロッドレーバー』『ジョン、ニューカム』........など沢山の世界チャンピオンを誕生させている、超一流コーチです。
ここに参加するしかないと決意しキャンプ地フロリダへ向かいました。
目標のために全財産をつぎ込みました(借金なんですけど.....)
費用は、1ドル260円の時代だったので、350万円ほどかかりました。
練習は1コート4名にコーチ一人で、午前3時間、午後3時間です。
メニューはコートの端から端まで走って自分のベストショットを打ち込む練習です。とにかくきつい練習が続くのです。
この体験はおおきな収穫でした。
ここでわたしは、テニスの本質を会得出来たように想います。
それからのわたしの目標は世界になりました。
日本に帰ってから、年に5、6回の試合の遠征に出かけました。
一回遠征にいけば、最低でも、交通費、宿泊代、などで、10万円はかかり、
その他の、費用を合わせると、年に100万円ほどかかってしまいます。
そのころは、その費用を稼ぐためにコーチをしていたんです。
そんな、積み重ねをして、やっと、全日本ランキングがつき、最高59位になったんです。その時には、33歳になっていました。
その後目標を、達成したこともありテニスに対する情熱を無くし、テニスを止めて
会社に就職しました。
2年程勤めた頃に、また、テニスの目標が出来たんです。
それは、神奈川県チャンピオンになる目標です。
現役時代は、何回か挑戦していましたが、他のトーナメント優先で、出ていなかったのです。
それから、1年間、プライベートレッスンで生徒さんを取りながら、生活し
練習を再会しました。
平成2年38歳でチャンピオンのタイトルを手にする事が出来たのです。
レッスンで、指導するテニス技術は、はすべて実戦で磨き上げてきたんです。
この姿勢は今もこれからも、変わることは、ありません。
わたしのテニススクールは、すべて、わたしが一人で指導しています。
一人で気兼ねなく、レッスンを楽しみたいのです。
これを実現したくて
「自由になれる力を蓄えて来ました。」
自分が真剣にやりたいことを、すきなだけやれる環境を持つ、
これがわたしの自由の定義です。
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